第7話『穀雨』 第七話いつのまにかジウン監督と彰介とウナは庭に面したテラスの片隅に腰掛けて一部始終を見守っていた。 「やっぱりなぁ~。やっちゃうと思った。」とジウン監督。 「えっ、監督この展開読んでたんですか?」驚いたように彰介が言った。 「えっ、あなた、まさか読めなかったの?」ウナが驚いたように言った。 「えっ、ウナssiも?」 「揺ちゃんの気持ちわかるわ~~。ああいうところ彼、ちょっと無神経なのよね。」とウナ。 「俺は揺の気持ちがわからないよ。心配して言ってるのにあんな言い方しなくても。ヒョンが可哀想だよ。」彰介は口を尖らせて言った。 「ジウン監督は?」ウナがゆず茶をすする監督に尋ねた。 「俺は・・・両方の気持ちがわかる。あの二人を見てると創作意欲湧くんだよね。」 ジウン監督は嬉しそうに微笑んだ。 「いや、そうじゃなくって。あの二人ほおっておいていいんですかね。」と彰介。 「ああ、俺の分析が正しければほおっておいて大丈夫だよ。」 「分析って?」ウナが不思議そうに尋ねた。 「えっ、なるようにしかならない・・・。」 「それって、分析っていうんですか?」怪しそうに彰介が言った。 (ばかっ、企業秘密をそんな軽々しくレクチャーできるか。) ジウン監督は心の中でそうつぶやくと「今度はしょっぱいものがいいなぁ」とつぶやいてリビングに消えた。 「やっぱ、変わってるよね。なに考えてるんだかさっぱりわからない。」と彰介。 「この先のジウン監督のシナリオ読んでみたいなぁ~」ウナは小声でつぶやいた。 「何か言った?」 「ううん。別に。」 「しかし、俺また活躍しなきゃいけないかなぁ~」彰介はどこか嬉しそうだった。 そんな彼をウナは笑って見つめていた。 「どうかしらね。いざと言う時は私も手伝うけど。今度は助けはいらないんじゃない?」 「えっ、なんで?」 「ジウン監督が大丈夫って言ったから。」 「え~~~っ、つまんないよ。」残念そうに彰介が言った。 「いやだ、心配してたんじゃないの?」驚くウナ。 「まあ、半分半分かな」彰介はそういうとニヤッと笑った。 「全くあなたも変わってるわね。」笑いながらウナが言った。 「変わってるの嫌い?」彰介はウナの顔を覗き込む。 「いや、結構好き。」 「だろ?」彰介はそういうとウナの肩を抱きしめた。 化粧室でビョンホンは顔を冷たい水で洗うと鏡に映った自分の顔を見つめた。 かっとなってああ言ってしまったものの、冷静に考えれば揺の気持ちが痛いほどよくわかった。 もし自分が逆の立場だったら絶対に揺にそんな姿は見せたくないし、心配をかけたくないと思っただろう。もちろん相手の紹介で仕事をするなんて・・ちょっと屈辱的でさえあるかもしれない。 当然、お金や名声で手に入らないものがあることも実力主義のこの社会がとても厳しい世界だということも重重承知していたはずだった。 でも、彼はわれを忘れるほど彼女が心配だった。 彼女の人生や未来が自分とめぐり合ったために萎んでいくのは耐えられなかった。 僕は彼女に何をしてあげられるんだろう。 何であんなこと言ったんだろう。ビョンホンは後悔していた。 「揺ちゃん、大丈夫?」 上の空で話を聞いていた揺は相手のその言葉で我に帰った。 「あ・・・すいません。ちょっと酔っ払っちゃったみたいで。失礼してもいいですか。」 そう言って席を立つとキッチンに行って一杯冷たい水を飲んだ。 そしてため息をつき片隅に腰掛けた。 「何であんなこと言っちゃったんだろう・・。」 揺も後悔していた。 冷静に考えればビョンホンが言ったことは揺を心配しているからこそ出た言葉なのは明らかだった。 彼からすれば自分と付き合ってることで私が苦境に立たされているとしたらそれは耐えられないことなのだろう。 愛しているだけでは乗り越えるのが難しい問題が出てくることは彼を生涯愛すると決めた時から覚悟の上ではあったが、実際直面すると明らかにひるんでいる自分がいた。 彼と常に同じ目線でありたいと思う揺にとって彼に経済的な援助を受けるなんてことは考えてもみないことだった。 仕事に関しても彼のコネクションを使って仕事を受けることは仕事の出来不出来にかかわらず彼にとって決してプラスにならないだろう。 そんなことをして非難を受けるのは彼なのだ。自分が望んでいる関係は欲張りなのだろうか。 そんなことを考えずにいっそ彼の胸に飛び込んでしまおうか。 揺の頭の中をいろいろなことがグルグルと回った。 お金も仕事もないのは現実で、仕事よりも彼を優先させることを選んだ自分の気持ちも真実だった。 両方が手に入らないのならばどこかで折り合いをつけることが必要なのだろう。 これから彼と共に人生を送るために私はどうしたらいいのだろう。 揺はキッチンの片隅で途方に暮れていた。 「どうしたの?揺ちゃん」 「あ、お母様・・・・」揺はオモニの顔をみたとたん急に胸が熱くなった。 「ビョンホンと喧嘩でもしたの?」 「えっ、」 「だって顔にそう書いてあるから。」 「実は彼を怒らせてしまって・・・」 揺はそう切り出すとこれまでの成り行きと自分の今の気持ちを素直に語った。 「それは・・・あなた一人で考えていて解決できる問題じゃないんじゃない?二人のことは二人で考えればいいのよ。あなたたちは二人とも相手を思いやりすぎて何でも一人で抱え込んでしまうみたいだけどそれじゃいい考えは浮かばないわ。二人で知恵を出し合って最良の選択をすればいいのよ。簡単でしょ?」 「お母様・・・・」オモニの言葉は自分でも驚くほど揺の心の中にすっと染み込んだ。 「ありがとうございます。」揺は迷いのない顔でそういうとビョンホンを探しにキッチンを後にした。 (お客様は・・・・どうしようかしら。主役はもう現れないかもしれないわね。まあ、いいか。)オモニは微笑みながらそうつぶやいた。 彼をすぐ見つけるには彼の家は大きすぎる。 手当たり次第にドアを開けるがビョンホンはどこにもいない。 ドアを開けているうちに涙があふれてくる。 (私、今日なんでこんなに何回も泣いてるんだろう。) 30をとうに過ぎた大人の女が男のために朝から滝のように涙を流している様はどう考えてもカッコよくなかった。それでも流れてくるのだから仕方がない。 あふれ出る涙を手の甲で拭いながら必死に探し続けているといつの間にか地下のワインセラーにたどりついていた。 |